2005年 夏

7月28日

あっという間に7月も月末。
今年も梅雨らしい梅雨もなくいきなり台風がやってきた。
もうこれ恒例のことですな。慣れました。

昨日27日は私の次のCDアルバムのジャケット写真撮影であった。
3年ぶりの写真撮影なので今月は特にジムに念入りに行き
特にこの月曜・火曜日は食べ物に気をつけた。

朝は野菜ジュース。
昼は栄養プロテイン。
夜は事務所の竹山尚子社長のお母さんが作ってくれたお惣菜。

お惣菜の話

このお惣菜がまた美味いのだ!
高野豆腐・ゴーヤと豆腐の炒め・ナスのたいたん・昆布巻きともどししいたけ などなど
バランスのとれたダイエット食だな〜と喜んでいる。
どれも美味いのだがとくに今回は昆布巻きともどししいたけが絶品であった。
いつもなら昆布巻きなんて!と見向きもしないタチなのだが
今回生まれて初めて美味いと思った!
まず、昆布巻きのだしのしみこみ方。
パーフェクト!
もどししいたけのコクのある旨みだけが出ていてよくあるエグ味がまったくない。
私の血圧が高いから塩分を控えめにしてその分、だしを濃厚にして旨みを強調。

そしてその昆布巻きを口にいれて噛んだ瞬間、昆布そのものの旨み成分が口の中一杯に駆け巡る!
もどししいたけのだしもそれに合わさって微妙で繊細なハーモニーを醸し出す。
まさしく“食べるだし”である。
冷えた日本酒が欲しくなった!
ここに日本酒が合わされば完成なのだ。
でも、お酒は禁物である明日の撮影のために。ううっ!悲しいな〜。

最近お気に入りの日本酒

いま私の家の冷蔵庫には通販で買った兵庫の『奥播磨』の吟醸が美味そうに横たわっている。
すっきりと辛口。でもこの酒はただ薄いだけのすっきりさではない。
そこには酒好きを満足させる、舌に一本線をひいてくれるような美味さがある。
よけいなアルコール臭や重量感もなくバランスがよくとれている秀逸な日本酒である。
これは私の家の近所の蕎麦屋『牧埜』で知った酒である。

私はよくこの店に独りでぶらりと立ち寄り「焼き味噌」「出し巻きたまご」で一杯やる。
携帯電話の電源も切って独りだけの至福のひと時だ。










7月19日

先週は東京に仕事で行った。
13日の水曜日から土曜日まで。
いつもの六本木のワインバークリマには東京での馴染みのお客様が来て下さり
楽しいひと時を私自身が過ごせた。来ていただいたお客様に感謝である。
やはり皆さん私の弾き語りのカンツォーネがお好きみたいであった。


東京ではやっぱり『エスペランセ』

でも個人的な楽しみはやはり西麻布の『エスペランセ』である。
ご主人の成田さんに久しぶりに会いたくなり
予約もせずして突然押しかけた。
懐かしそうな笑顔で成田さんは我々を迎えてくださった。

まずは駆けつけ1杯にちょっと酸味の利いたグラスシャンパンをいただき、
イベリコの生ハム・但馬牛のタルタルステーキ・野菜のリゾットを注文した。


 
                          

赤ワインで乾杯!



翌日はテレビ朝日のプロデューサーのU氏とお昼ごはんであった。
U氏も成田さんのところで知り合った方で、私と同い年、食いしん坊である。
二人して意気投合しながら六本木のイタリアンレストランでピザランチを食べながら
他の食べ物の話ばかりしていた。
東京の蕎麦屋・寿司屋で美味いところはどこなのか?
フレンチは?イタリアンは?
などなど話は尽きず、最後は二人とも過去に食べた美味い牛肉の話に落ち着いた。
こんど東京に行ったときに銀座のU氏お勧めの店に連れて行ってもらう約束をした。
しめしめ!










7月11日

七夕も過ぎて、気付けば今年も暑い夏になっていた。
最近はほんとうに春や秋の風情を感じないまま夏や冬に突入する。
いままで我らの先祖が感じてきた四季の移り変わりなど、微妙な変化を肌で感じられなくなってきたのが残念だ。
身体で感じる気候の温度変化はもちろんだが
食する物すべてにおいて四季の、季節の変化がなくなっている。
それはそれで現代の便利機構に則っている恩恵のおかげでもあるが
長い目で見たときにその影響が日本人としての感性にどのように変化を与えていくのかが心配でもある。
杞憂と笑われる人もおられようがその影響を私自身が最近感じ出しているのである。
そのためか季節感を取り戻すために我らの心の本籍である、百人一首を改めて詠み返すようにしている。
詠めば詠むほど深い。
いや〜脱帽!


海外、特に欧米に住んでみたときに感じるその土地の人々のエキセントリックな割り切りかたや考え方は
その気候風土からの影響であることも理解はしてきた。
日本人がいままでに敗戦のあと、産業を復活させて立派な国家を形成できたのも
個々の日本人が持つバイタリティーと勤勉であるといわれるが
バイタリティーさにおいては私が留学していたニューヨークの人々も負けてはいないと思うしそれ以上とも思う。
しかし、日本人が持つ勤勉さは日本特有のもので、それは先に述べた四季の変化を微妙に感じる感性と
それが織り成すさまざまな生活感覚が長い間に作り上げてきたものではないだろうかと思っている。
このことを述べれば限りがないのでこれくらいにしておくが
今後、我らが持つ固有の感性のDNAに変化が起きないことを切に願うばかりである。





















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